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東京地方裁判所 昭和34年(モ)5293号 判決

債権者 森井三蔵

右代理人弁護士 長瀬定太部

債務者 中里謙太郎

右代理人弁護士 奥田実

小竹耕

主文

当裁判所が昭和三十四年(ヨ)第一八六二号事件につき同年四月十八日なした仮処分決定を取消す。

債権者の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

石見栄吉が昭和三十三年七月二十七日別紙目録記載の建物につき東京都知事の建築確認を受けたこと、債務者が右石見から右建物の建築を請負いこれを完成したことは当事者間に争がない。

しかしながら債権者が右建築途上において右石見から右請負契約上の地位を承継し建築完成と同時にその引渡を受けてその所有権を取得した旨の債権者の主張事実は後顕各疏明方法に照し当裁判所の措信しない甲第六、七号証の各記載を外してはこれを肯認すべき疏明資料がない。かえつて成立に争のない乙第一、二号証、同第八号証、本人の印影が存在する故真正に成立したものと推認すべき乙第三号証竝びに債務者本人尋問の結果を併せ考えると債務者は前記建築を昭和三十三年二月十八日請負い同年九月中完成したものであるがその間において請負代金二百八十万円の内金二万円の支払を受けて建築に着手同年三月中建築資材を組立てるばかりにして建築現場に運込んだところ石見栄吉から約旨により建築完成までに逐次なすべき残代金の支払ができないことを理由に建築中止の申入を受けたので折衝の末同年六月八日請負代金を金三百十万円とし建築完成までに前記内入金を控除した残金三百八万円の支払を受くべくもしその支払がないときは建物所有のため建築敷地の賃貸を受くべき旨を定めたうえ殆んど自費を以て建築を続行したこと、しかるに建築完成後も右残代金の支払がないので同年十一月七日右石見からその代理人安原某を介して右建築費金三百六十一万円を回収するため右建物を向う六箇年使用すべきことの承諾を取付け爾来右建物に管理人を置き自らこれを使用して来たこと、すなわち債権者は前記請負契約には全く関係がないものであつてもとより右建物が債務者から債権者に引渡された事実はないことが一応認められ右認定事実によつてみれば本件建物は建築当時から引続き債務者の占有するところであつてその所有に属したものといわなければならない。もつとも債権者が昭和三十四年三月三十日右建物につき保存登記を経由したことは当事者間に争がなく当裁判所が真正に成立したものと認める甲第二号証中建築主変更届の部分によれば前記建築確認につき昭和三十三年九月四日石見栄吉から債権者に建築主を変更した旨の届出がなされたことが一応認められるが右建築主変更届竝びに保存登記手続に債務者が関与しもしくは承諾を与えたのなら格別さもない限りその一事を以てしては前記認定を覆して債権者の主張を肯認するに足りない。

そして又債権者は債務者が昭和三十四年四月初債権者の占有中の本件建物に侵入し債権者の抗議により一旦退去したが同月十一日までに請負代金の未払を解消しないときは再び右建物に立入るべくほのめかし本件仮処分当時債権者の右建物に対する占有が債務者により侵奪される虞があつた旨を主張し甲第六、七号証に右主張事実を窺わせる記載があるとともに右記載に併せて考えると成立に争のない甲第五号証も亦一見同月九日現在債権者が本件建物を占有していたことの疏明たり得るもののようであるけれども甲第六、七号証の右記載はこの点についても措信し得るものではなく従つて甲第五号証もこれだけではたやすく右占有状態を肯認する疏明となし難く権務者本人尋問の結果竝びに本件記録上明らかな事実によればむしろ本件建物は当時も債務者の占有にあつたところ債権者は昭和三十四年四月六、七日頃滝沢竜その他十数名を使役して右建物の玄関附近を占拠したので債務者は同月八日警察の援助により債権者等を退去させて右建物に対する占有を回復しもとより本件仮処分当時これを継続していたこと、しかるに右滝沢は右仮処分に先立つ同月九日債務者に対し石見栄吉において同月十一日までに本件請負代金の未払を解決するから建物の現状を変更しないことを約されたく又弁済資金を他に仰ぐため右建物の個室をその出資者に観せるから個室の鍵を貸渡されたい旨を申入れそのように信じた債務者から現状維持を約する旨記載のある「契約念書」と題する文書(甲第五号証)竝びに一部の個室の鍵の交付を受け次で債権者は右甲第五号証竝びに事実に吻合しないことを記載した前記甲第六号七号証の報告文書等を疏明方法として同月十一日本件仮処分申請をなし同月十八日東京地方裁判所をして占有妨害禁止の本件仮処分決定をなさしめ同月二十日該決定正本を受領すると債権者竝びに右滝沢は右建物が宿泊寮の構造を有するのを幸い右仮処分決定の正本を悪用して債務者の抗議を無視し自ら公然右建物に立入り前記個室の鍵を使用してその個室を使用し又は他数名に命じてこれをなさしめ同年五月二十七日以降は右個室を宿泊の用に供するに至つたこと、すなわち事実は債権者主張と全く逆であることが一応認められる。

果してそうだとすれば本件建物が当時債権者の所有し又占有するところであつたことを前提とする本件仮処分申請は理由がなく本件仮処分決定以後に債権者が右建物の一部につき取得した占有の如きはもとより右決定の被保全権利とされたものではないから右決定を取消し右申請を却下すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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